これまでこの作者の作品はそう琴線に触れてきた、という記憶も無かったのに、この一冊は凄い。
もう大半、と言うかほとんどの作品が新鮮で面白かった。いつもの基準でチョイスしていると全部の作品にコメントしなければならない危険性もあり、あえてハードルを上げて絞り込んだ。それでもけっこうな数に上ってしまう。
「裏山の神様」もう一発目からして凄い。
日本の神は結構な割合で祟り神だそうだ。確かに有名どころでも天神さんや崇道神社、御霊神社などもそうだし、八坂神社にしても元々は疱瘡神である。
大元とも言える伊勢神宮にしても通常の神だけで無く、「荒御霊」を祀るお社も幾つかある。激しい一面も持っていることが伺われる。
そうした中でも、ここで暴れている神程強烈なものはあるまい。一年に一日とは言え、禁忌を犯せば頭からばっくりと喰われてしまうとは、障りにしてもとんでもない。
日本の信仰を考える上でもとても興味深い事例である。
「高いところに置け」人一人亡くなってしまうという事件であり、怪異も次々と出来している。しかし、それらがどうもちゃんとは繋がらなくて何とも気持ちの悪い話ともなっている。語り手にも掴めていない何かもっと深い部分があるような感じだ。
特に妊娠検査薬、そしていつの間にか現れた地蔵の謎。どちらも舞台効果は抜群ながら、全く意味不明でもある。
「懐中時計」友人が身代わりになって死んでしまう、というのは時折ある話ながら、懐中時計をキーとしたやり取りが民話のようで不思議だ。体験者である祖父が何故連れて行かれようとしていたのかも分からない。相手が何者なのかも。
最後に数十年経ってもまだ呪縛の効力が残っていた、というのも怖ろしい。
「三千坪の土地」古墳のような古いものでも、安眠を妨げるものには相応の罰が下る、という証。現場の事故程度ならよくある話だし、祟りかどうかも定かでは無いけれど、関係者が次々とやられていく、というのは恐い。特に死ぬことすら出来ない、というのは最悪の結末だ。古いことで逆に神格化しているのだろうか。
「稲荷の祠」こちらの祟りもなかなかのもので、特に娘が今は行方知れず、というのが哀感をそそる。売り家に買い手が付かないのは知られてしまっているからなのか、
因みにこの舞台は京王線か小田急線沿線らしい。あえて変えていなければ京王線なら笹塚(特急も停車なら聖蹟桜ヶ丘が該当)、小田急線なら成城学園前・新百合ヶ丘・渋沢・新松田・湘南台となる。ただ、大きな駅、とあるしあまり都会というイメージも無いので、新百合ヶ丘辺りが本命だろうか。
「塩漬け」これまた稲荷に纏わる話、なのだろうか。ここでも次々と人が亡くなったり事故が起きたりしていく。その中でもさほど何かをしたわけでも無いだろうに逝かされてしまった新人が悲惨だ。
「隙間家」扉を閉めると真っ暗な世界に放り出される、という話はあったけれど、閉めたら何かがやってくる、というのはお初。興味深いのは、出てくるだけで無く最終的に家を後にしてしまったところ。座敷童のようなものだったのだろうか。その後の相手の様子がほとんど見えてこないのは何とも残念。語り手にはもう少し首を突っ込んでもらいたかった。たとえ危険でも。
これも物怪、妖怪の類というより、神に近い存在のようにも思える。
「顔膜隧道」ビジュアルを想像するとなかなか強烈な一品。その障りも最凶である。
確証は無いものの語り手のお父さんもやられてしまったというのが哀しい。
「夢で遭いましょう」夢枕に立つ、にしても、複数の人間に目撃されている。しかもただ出るのでは無く具体的な頼み事をしていて、遠くに実際にある場所を指定している上に、これまた全員が一致している。これはもう偶然とは思い難い。
この穴とは一体何のためのものだったのか、どうしてそこに本を埋めたかったのか。やはり死後も読もうとして、ということだったのだろうか。本当に死んでいるのかも不明ながら。
「家具屋の鴉」この「鴉」とは一体何者なのか。その絶大な効力も何とも不思議なものだ。ただ、何か呪術的なものではなかったか、というのがオーナーの死に様から想像できる。
読んでいる間はさほど意識していなかったのだけれど、こうして俯瞰してみると、特に前半は結構神に関わるネタが多かったようだ。いずれも決して些細とは言い難い祟り神のオンパレード。手当たり次第という趣のあるものも多く、怖ろしい。
昨今やたらとパワースポットだの何のと騒いでいるけれど、一つ扱いを間違えるとむしろ酷い目に遭ってしまう危険性も低くはない。やたら足を踏み入れない方が賢明ではないだろうか。
冒頭にも書いたように、ここに挙げたもの以外にも新鮮な事例、面白い話は幾つもあり、実に堪能出来た。
やはり怪談本は読んでみないと判らない。失敗を怖れずトライしてみるしかあるまい。
元投稿:2020年5月頃
実話怪談 毒気草posted with ヨメレバ神沼 三平太 竹書房 2020年02月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る